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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)68号 判決

原告 牛乳石鹸共進社株式会社

右代表者代表取締役 宮崎楢義

右訴訟代理人弁護士 三宅正雄

同弁護士 田倉整

同弁理士 竹内卓

被告 ヘレナ ルビンスタイン インコーポレーテッド

右代表者 ブルース エルミシュキン

右訴訟代理人弁護士 原増司

同弁護士 酒井正之

同弁護士 花水征一

同弁理士 長谷川穆

主文

特許庁が昭和五一年審判第一〇六七八号事件について昭和五七年一月二二日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文第一項、第二項同旨の判決

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙(一)記載のとおり「Skin life」の欧文字と「スキンライフ」の片仮名文字を上下二段に左横書きしてなり、商標法第六条第一項、商標法施行令第一条の規定による商品区分における第四類「せっけん類(薬剤に属するものを除く。)歯みがき化粧品(薬剤に属するものを除く。)香料類」を指定商品とする商標登録第六九四三八七号商標(昭和三九年九月一一日登録出願、昭和四〇年六月二一日出願公告・昭和四〇年第一七〇六二号、昭和四一年一月八日設定登録、昭和五一年五月一〇日商標権の存続期間の更新登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である(なお、本件商標は、別紙(二)記載のとおりの「スキンライフ」なる商標登録第二四三〇〇六号商標(以下「別件商標」という。)及び第六二一三〇号商標、第二四三〇〇五号商標と相互に連合商標となっている。)ところ、被告は、昭和五一年九月二八日、原告を被請求人として、本件商標の指定商品中「化粧品」につき不使用を理由とする商標登録取消の審判を請求し(同年一〇月二五日審判請求の登録)、昭和五一年審判第一〇六七八号事件として審理された結果、昭和五七年一月二二日、「本件商標の商標登録は、その指定商品中「化粧品」について、これを取消す。」旨の審決があり、その謄本は同年三月一〇日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成及び指定商品並びにその登録出願、設定登録及び更新登録の日、連合商標関係は、前項記載のとおりである。

2  請求人(被告)は、昭和五〇年九月五日、「Skin Life」の文字よりなる商標を使用するために、第四類「化粧品」を指定商品として商標登録出願をした(昭和五〇年商標登録願第一一一二二四号)ところ、本件商標の連合商標である別件商標をいわゆる引用商標とする拒絶理由の通知を受け、現に審査に係属中であるから、本件審判請求について利害関係を有するものと認められる。

3  そこで、本案について審理する。

(一) 本件商標が商品「化粧品」について使用されていることを証するものとして被請求人(原告)の提出した各証拠を検討するに、これらの証拠は、いずれも、商品「石鹸」に関する宣伝用リーフレット、商品「石鹸」について放映されたテレビコマーシャルの関係資料、又は洗顔石鹸についての製造許可申請書であって、商品「化粧品」に関するものではないか、あるいは、使用者、使用時期の不明確なものであって、本件商標が「化粧品」について被請求人(原告)によって使用されていた事実を証するものとして採用しえないものであり、他にこの事実を証明するに足るものがない。

なお、被請求人(原告)は、東洋経済新報社発行「商品大辞典」及び薬事法に基づく分類を援用し、前記各証拠に示される「石鹸」は「化粧品」に属するものであると主張するが、右分類は、薬事法等に基づく分類であり、本件については、商品審査基準に基づいた分類により判断すべきであるとみるのが相当である。そうとすれば、前記のような「石鹸」は「せっけん類」に属するものであって、「化粧品」の範疇に属する商品とは認められないから、この点に関する被請求人(原告)の主張は採用できない。

(二) 次に、被請求人(原告)は、仮に本件商標が使用されていないとしても、それには正当な理由があると主張するので、この点について判断する。

被請求人(原告)は、企業が新製品を企画し、製造、販売するには長期にわたる準備が必要であり、一通の許可申請で足りるというものではなく、厚生大臣に対するクリーム乳液類についての化粧品製造品目追加許可申請はこのような準備を経てなされたものであるから、不使用について正当な理由があるとする。なるほど、商品によっては、その製造、販売をするに当たり主管行政官庁の許可を必要とし、それに要するある程度の準備期間が必要であることはこれを否定するものではないが、その手続の一環である右許可申請がなされたのは本件審判請求の登録の直前である昭和五一年九月三〇日であり、大阪府立公衆衛生研究所長に対する指導依頼がなされたのも同日であって、いずれも、本件商標の商標権設定登録(昭和四一年一月八日)以来一〇年余を経過してからなされたものであって、右手続が本件審判請求の登録の直前にならざるをえなかったことについて具体的な説明もないし、納得しうる資料の提出もない。

したがって、商品「化粧品」についての本件商標の不使用について正当な理由があるとする被請求人(原告)の主張は、採用することができない。

4  してみれば、本件商標は、日本国内において継続して三年以上その指定商品中の「化粧品」について使用されていなかったものと認めざるをえないものであり、かつ、その不使用につき正当な理由があるものとは認められない。

よって、本件商標の商標登録は、商標法第五〇条の規定により、その指定商品中「化粧品」についてこれを取消すべきものである。

三  審決を取消すべき事由

審決は、次の1のとおり、被告は本件審判請求の利益を有しないのに、これを有するとし、また、2のとおり、原告が本件審判請求の登録前から本件商標を使用してきた商品スキンライフ「クリーム状」(以下「本件商品」という。)は「化粧品」に該当するのに、「化粧品」ではないとし、更に、3のとおり、原告は、「化粧品」であること明らかなクリーム乳液類について本件審判請求の登録前から本件商標を使用してきたものであり、仮に、使用してきたとはいえないとしても、その不使用につき正当な理由があるのに、クリーム乳液類について本件商標を使用していないことを前提に、その不使用につき正当な理由がないとした点において、認定、判断の誤りがあるから、違法として取消しを免れない。

なお、本件商標は、別件商標(別紙(二)記載の商標)と相互に連合商標となっているから、本件商標又は別件商標のいずれかを「化粧品」について使用している事実が認められれば、審決を取消すべきこととなる。

1  本件審判請求の利益

被告は本件審判請求の利益を有しないのに、審決は、これを有すると誤認した。

(一) 現行商標法は、不使用を理由とする商標登録の取消の審判(以下「不使用取消審判」という。)を請求しうる者について、請求人適格を制限する明確な規定をおいていないが、何人も請求しうる場合はその旨を明記している(第一七条、第五一条、第五三条)のであるから、民衆訴訟的性格を有するとみられるこれらの規定の場合と異なり、「利益なければ訴権なし」という民事訴訟法上の原則は、不使用取消審判にも当然適用があるといわなければならない。したがって、請求人の方で、請求の利益のあることを積極的に立証しなければ、不使用取消審判の実体の審理に入れないということになる。

そして、具体的にその訴権ありといえるためには、請求人が、指定商品について現実に営業を行っているとか、又はそのための準備行為に入っていて、自己の商標を使用しようとする状況にあることを要すると解すべきである。なぜなら、使用を前提としない商標、すなわち、想像上の商品に使用するかもしれないという、使用との結びつきの稀薄な商標は、全く意味をなさず、単なるマークであって、商標として登録されえないものであることはいうまでもなく(使用と離れた商標などというものは、自己矛盾であり、登録主義、使用主義以前の商標の本質に淵源する事柄である。)、当該商標の登録出願ないしはこれに基づく不使用取消審判の請求は、単に妨害的な意図に基づく権利濫用行為であるといわざるをえないからである。

(二) 審決は、このことを考慮に入れることなく、被告が、昭和五〇年九月五日、「Skin Life」の文字よりなる商標(以下「被告出願商標」という。)につき、第四類「化粧品」を指定商品として商標登録出願をし、本件商標の連合商標である別件商標をいわゆる引用商標とする拒絶理由の通知を受け、現に審査に係属中であること(以上の事実関係は認める。)のみをもって、単純に、本件審判請求について利益ありとした。

しかし、右のような状況を作り出すのは誰にでも容易になしうるところであって、これだけでは請求の利益があるかどうかの判断は不可能のはずである(それだけで不使用取消審判の請求の利益ありというのであれば、請求の利益ないし利害関係の存在という要件は、あれどもないに等しいことになってしまう。)。被告は、我が国において被告出願商標を現実に使用した実績(事実)もなければ、近く使用しようとしている客観的に認識できる具体的徴候も見出しえないのである。かえって、被告は、我が国における子会社ヘレナ ルビンスタイン株式会社を他に売却したという新聞報道もあるくらいであるから、被告がなお我が国における化粧品の分野の業務を営業目的のうちに含めているかどうか疑問という外はなく、右報道によれば、被告は既に我が国における化粧品の分野から撤退しているということができる。

このように、被告が我が国において化粧品に関する業務を行っているかどうかについては、消極に解すべき資料はあっても、積極に解すべき資料は全くない。したがって、被告出願商標が、使用を前提としない商標として、我が国において登録されえないものである以上、被告が本件審判請求の利益を有しないことは、理の当然である。

なお、審判請求の利益の存否は、審決の当否を判断する事実審の口頭弁論終結の時点において判断すべきである(最高裁昭和五四年(行ツ)第一五二号事件昭和五五年一〇月二八日判決参照)。

(三) 被告のこの点についての主張中、本件審判請求の直前、被告から原告に対し、本件商標の商標権につきその指定商品中の「化粧品」に係る部分を分割のうえ譲受けたい旨の申込みがあったことは認めるが、被告が世界的に有名な化粧品製造販売業者であるかどうか、本件審判請求の時点において被告主張の事業計画を有していたかどうかは知らない。

被告は、右本件商標の商標権分割譲受けの申込みの事実をも、本件審判請求の利益を有することの根拠として主張し、審決もそのように判断しているかのようであるが、右商標権分割譲受けの申込みの如きは、しようと思えば誰にでもできることであって、問題は、「だからどうだ」というそれから先の点にあるはずであり、この肝腎の点が全く説明されていない。

2  本件商品の「化粧品」該当性

原告が、本件審判請求の登録(昭和五一年一〇月二五日)のはるか以前の昭和四〇年一一月一六日付で厚生大臣に対する医薬部外品製造品目追加許可申請をし、昭和四一年二月一〇日付で右許可を得て製造、販売を開始して以来本件商標を使用している本件商品は、その指定商品中の「化粧品」、すなわち、商品区分の第四類中の「化粧品(薬剤に属するものを除く。)」に該当するものであるのに、審決は、次の(一)ないし(三)の三点において認定、判断を誤った結果、「化粧品」ではないとの誤った結論を導いた。

(一) 審決は、本件商品が「化粧品」に該当するかという論点に正確に対応する判断を示していない。

論理的にいって、本件審判請求は、本件商標が使用されている本件商品が「化粧品」に該当するかどうかによって結論が左右されるのであって、本件商品が「石鹸」であるかどうかの論点とは直接関係がないのに、審決は、この当然の法理の適用を誤り、単に、本件商品は「石鹸」であるとの理由だけで、「化粧品」ではないと判断した。

(二) 審決は、「石鹸」であるか「化粧品」であるかは、単にその形式で判断すべきではなく、その実質により判断すべきであるという点を看過している。

「石鹸」であるか「化粧品」であるかは、単に、その形式(「石鹸」、「Facial Soap」、「洗顔石鹸スキンライフ」という表示)から判断すべきではなく、その実質により判断すべきであるが、その際に考慮すべきは、社会常識、社会通念であり、具体的には、(1)判断者として取引者及び需要者を基準とし、(2)取消訴訟の事実審の口頭弁論終結時を判断の基準とし、(3)判断の内容としてその現実の成分、効用、機能を基準として、判断すべきであって、これらの基準からすれば、本件商品は、実質的に「化粧品」に該当するものである。

(1) 取引者及び需要者の判断を示すものは、以下のとおりである。

(イ) 原告が本件商品の販売を開始した昭和四一年当時、固型石鹸や湯水を使わないで汚れを拭い去るクレンジングクリームなどが洗顔用として多用されており、本件商品のような湯水で洗い流すクリーム状洗滌料(洗顔料)は、わずかに鐘紡株式会社のサワークリームが知られていた程度で、一般的な普及をみるに至っていなかった(昭和五八年刊行「日本香粧品科学会誌」第七巻第一号にも、クリーム状洗滌料が新しいタイプの洗顔料であることが説明されている。)が、原告が、皮膚を清浄にするだけでなく、仕上げ化粧のための下地を整える化粧品として本件商品を完成し、販売したところ、高い評価を受け、数年後には国内市場の大半のシェアを占めるに至り、同種商品の相次ぐ追随販売を招くに至った。こうして、本件商品は、開発された当初より、石鹸の優れた洗浄力とクレンジングクリームの皮膚保護機能とを兼ね備えた洗顔料たる化粧品として認識され、位置づけられてきたのであるが、このことは、既に化粧品業界における常識として定着している。

(ロ) 業界における権威者ないし専門家の検討の結果が記されている「商品大辞典」は、化粧品を、大きく、皮膚に使用する化粧品、毛髪に使用する化粧品、口中に使用する化粧品、芳香品の四つに分類し、そのうち一番目の皮膚に使用する化粧品を、更に、洗浄料、化粧水、クリーム類、おしろい類、紅類、補助化粧品の六つの小分類に分けているところ、本件商品は、クリーム状洗滌料であって、洗浄だけの観点からみれば石鹸の性質を有することは否定できないが、それだけではなく、ニキビの防止、皮膚の殺菌消毒にも用いられるのであるから、化粧品であることも否定することはできず、右分類の「皮膚に使用する化粧品」のうちの「洗浄料」に該当するものである。

薬事行政上の扱いという観点からみるに、薬事法第二条第三項本文は、「この法律で「化粧品」とは、人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、又は皮膚若しくは毛髪をすこやかに保つために、身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされている物で、人体に対する作用が緩和なものをいう。」と規定し、「薬事法の施行について」と題する厚生省薬務局長通知(昭和三六年二月八日薬発第四四号)は、「化粧品の効能の範囲」を別表第一として掲げ、その中で、ニキビを防ぎ、皮膚を清浄にする洗顔クリームなどの洗顔料類を化粧品とする旨の扱いを明確にしている。もっとも、本件商品の外箱には、「医薬部外品」との表示があるが、化粧品のうち、昭和三六年二月一日厚生省告示第一四号「薬事法第二条第二項の規定に基づき医薬部外品を指定する件」において、「法第二条第三項に規定する使用目的のほかに、にきび……の防止又は皮膚……の殺菌消毒に使用されることもあわせて目的とされている物」であって、「人体に対する作用が緩和なもの」を「医薬部外品」として指定することとされているのである。

したがって、薬事行政上も、本件商品は「化粧品」としての扱いを受け、更に「医薬部外品」としての規制の対象となっているのである。

(ハ) 本件商品の市場における位置づけについていえば、その流通ルートは、メーカーから卸店(代理店又は販売会社)を通って小売店(デパート、スーパー、一般小売店等)に流れるというものであって、化粧品の流通ルートと何ら変わるところがなく、また、末端小売店において、本件商品は化粧品とほぼ共通の棚の上に陳列されており、別扱いはされていない。

そして、化粧品は、これを科学的に分類すると、基礎化粧品、仕上化粧品、頭髪用化粧品、石けん・シャンプー、歯磨と口腔衛生品の五つに分類するのが例である(化粧品科学研究会編「最新化粧品科学」)が、本件商品は右のうち基礎化粧品に分類されるものであり、原告は、本件商品の販売活動において、石鹸の一部としてではなく、化粧品に属する商品として宣伝をしている。

(ニ) 本件商品のようなクリーム状洗滌料は、同業他社も基礎化粧品として扱っているものであり、これが取引者、需要者にとって共通の認識である。

すなわち、市販されている同業他社のクリーム状洗滌料も、すべて、基礎化粧品、スキンケア化粧品、フェイシャル化粧品として販売されているものであり、商品区分の第四類中の「化粧品」に属するものである。右の各クリーム状洗滌料は、我が国の化粧品のほとんどを網羅している株式会社週刊粧業発行「1982 Cosmetics in Japan日本の化粧品総覧〔別冊〕化粧品の商品分類編」によっても、化粧品の分類に属するものとされている。なお、そのうち「医薬部外品」と表示されているものは、ニキビ(英語ではacne)等を予防する薬用洗顔料すなわち薬用化粧品である。

また、その広告の例をみても、《証拠省略》(鐘紡株式会社の広告)には、「洗顔・整肌・クリームのよりていねいなステップヘ」とあり、「やさしい泡だちのマイルドアシッドソープで洗顔」を基礎化粧品の第一歩とすることが明らかにされている。

(2) 本件商品が「化粧品」であるかどうかを判断する基準時は、取消訴訟の事実審の口頭弁論終結時であり、その時点における業界の常識に従って判断すべきである。

もっとも、前記のとおり、本件商品が化粧品であることについては、発売の時から今日まで一貫して取引者、需要者の認識に変わりはないのであるから、過去に遡ってみても結論は同じことになる。

(3) 本件商品の成分、効用、機能をみるに、本件商品は、その成分中に石鹸分を含有し、したがって、前記のとおり、その洗浄作用の面だけを捉えて論ずれば、「石鹸」の範疇に属するという見方もできることは否定できないが、単に汚れを落とすという石鹸の性質、効用を超えて、同時に油成分や保湿剤を十数%も含有しており《証拠省略》、これらは、皮膚の保護、保湿のために化粧品に普通に用いられるものであるから、本件商品は、化粧品としての性質、効用を有するため、商品全体としてはいわゆる化粧品として社会的に評価されていることは、厳然たる事実である。すなわち、本件商品は、その商品としての効用、性質に着目して、社会通念に従って素直に考察すれば、明らかに化粧品として位置づけられてしかるべきものである。それ故、原告は、本件商品・スキンライフ「クリーム状」について、明らかに医薬部外品である化粧品としての製造品目追加許可申請をし、右許可を得たのである(もちろん、純然たるる石鹸、例えば洗濯石鹸のような石鹸については、右のような許可は必要でない。)。

そして、右《証拠省略》記載の同業他社の同種商品では、全く同一成分からなる洗滌料でありながら、化粧品の面を強調して高値をつけているものもあれば、化粧品の面を抑え目に表現して適切な値をつけているものもある。

(三) 審決は、「石鹸」であるからといって直ちに「化粧品」ではないとはいえない、つまり、「石鹸」であっても、「化粧品」でもあるものは存在するのであって、択一関係に立つものではないという当然の事理を無視している。被告も、本件商品が「石鹸」に該当することをもって本件商品が第四類中の「化粧品」に該当しないことの唯一の理由とするようであるが、誤りである。

すなわち、ある商品がA分類に該当するから、B分類には該当しないという論理が成立するためには、AとBが択一関係にあり、両者の性格を兼ね備えることはありえないことが前提となるが、「石鹸」であるか「化粧品」であるかは、このような択一関係にはなく、かえって、その複合的性格を指摘できるのであって、要するに、本件商品は、石鹸分を含有する化粧品なのである。石鹸と化粧品とが商標法上分類を異にするからといって、一方に該当するものは他方に該当しないということにならないのは当然の事理である。二つの分類のいずれにも該当する商品が出現したからといって、その商品をいずれか一方の分類に押し込めなければならないという理由はない。

しかも、商標法上の商品の分類は、あくまで、市場に流通する膨大な商品を迅速かつ容易に審査するための仮の基準にすぎないことは、特許庁商標課編「『商品区分』に基づく類似商品審査基準(改訂版)」において、その審査基準の運用について、「本審査基準は全審査官の統一的基準ではあるが、具体的、個別的に商品の類否を審査する際において、あるいは商取引、経済界等の実情の推移から、本基準で「類似」と推定したものでも「非類似」と認められる場合、またはその逆の場合が存することを認めざるを得ない」とされていること(したがって、審査基準にどう書いてあるかということは、議論の出発点ではあっても、結論を示すものではない。)、また、日本工業新聞社発行「工業所有権用語辞典」によれば、商品区分(類別)については、我が国の近代的商標制度発足以来今日まで、明治一七年の商標条例時代には商品の種類六五種、明治二一年の改正商標条例時代には商品類別六六類、明治三二年の商標法時代には七三類、明治三八年には七四類、明治四二年の商標法時代には六七類、旧商標法(大正一〇年法律第九九号をいう。以下同じ。)時代には七〇類、昭和三二年には六三類、現行商標法の下では三四類というように、たび重なる変遷があり、市場現象とは必ずしも合致しないことが指摘されていることから、明らかである。したがって、商標法上の「石鹸」と「化粧品」の分類の限界線は、その商品の実質による区別とは必ずしも一致しないのである。

なお、被告は、不使用取消審判の制度をもっぱら法技術的な制度として捉えるようであるが、制度の本質を見誤っているという外はない。不使用取消審判の制度は、競合する同種企業間において、指定商品について使用されていない登録商標が登録原簿上存在していて、不使用のまま、他社の営業活動を阻害するが如き状態を除去するための制度である。しかし、原告は、指定商品「化粧品」の分野において営業を行っているだけでなく、前記のとおり、「化粧品」である本件商品に本件商標を使用してきたし、現在においては、後記3のとおり、本件審判請求の登録の時点において許可申請中であったクリーム乳液類についても昭和五一年一二月二日付の許可を得て本件商標の使用を始め、その使用範囲を拡大しているのである。

3  クリーム乳液類についての本件商標の使用又はその不使用についての「正当な理由」

原告は、「化粧品」であること明らかなクリーム乳液類(ミルクローション等)について本件審判請求の登録前から本件商標を使用してきたものであり、仮に使用してきたとはいえないとしても、その不使用につき正当な理由があるのに、審決は、誤って、クリーム乳液類について本件商標を使用していないことを前提に、その不使用につき正当な理由がないとした。

(一) クリーム乳液類についての本件商標の使用

不使用取消審判を定める商標法第五〇条の「使用」の意味を決定するには、その制度の趣旨・法的効果の点をも勘案すべきところ、不使用取消審判の制度は、登録された商標が権利として行使されていない、いわば眠った状態にある場合に、他の者の営業を阻止するような商標の独占を許さず、その商標の使用を欲する他の者に開放する点に目的がある(前記2(三)末段参照)から、取消しの理由となる「不使用」とは、権利の上に眠る状態にあること、換言すれば、権利行使の意思が客観的に表明されていないことをいうと解すべきであり、したがって、右「不使用」に該当しない、すなわち「使用」があるとは、商標権者による当該商標権行使の意思が客観的に表明された場合をいうと解すべきである。商標法第二条第三項各号は、右の客観的表明の類型を挙げたものと解すべきであり、少なくとも、不使用取消審判の制度における「使用」の概念は、右各号の場合に限定すべきではない。

本件において、原告は、本件審判請求の登録(昭和五一年一〇月二五日)前三年以内の同年九月三〇日にクリーム乳液類について厚生大臣に対する化粧品製造品目追加許可申請をしているのであるから、権利行使の意思は既に客観的に表明されているということができる。

したがって、同法第五〇条にいう「不使用」には該当しないというべきである。

(二) 不使用についての正当な理由

仮に、右(一)にいう権利行使の意思の客観的表明をもって商標法第五〇条にいう「使用」に該当しないとの厳格な解釈をとったとしても、同条第二項但書にいう不使用についての「正当な理由」があると解すべきである。

(1) 右但書は、たとえ、登録商標の不使用の事実があったとしても、それだけで直ちに商標登録取消しという制裁を与えるに忍びない事由が存する場合もありうることを承認したものと解されるから、「正当な理由」とは、当該登録商標を直ちに厳格な意味で「使用」することが不可能な場合で、かつ、当事者の責に帰すべからざる事由のある場合を指すと解すべきである。

本件において、原告は、クリーム乳液類について市場に出すため慎重な検討を加えたうえで前記のとおり化粧品製造品目追加許可申請に踏み切ったものであること、それが、たまたま被告による本件審判請求の登録の直前であり、もちろん、この段階では商品を流通におくことはできないが、許可がありしだい直ちに販売ルートを通じて商品を流通させることを予定していたこと(実際そのとおり実現した。)等の事実から、直ちに厳格な意味での「使用」が不可能であり、かつ、許可があるまでの期間は当事者としては如何ともし難いものであると認められるから、本件商標の不使用につき「正当な理由」があるというべきである。

(2) なお、審決は、本件審判請求の登録前三年間以前の本件商標の不使用に言及するところがあり、被告も、右三年間以前の不使用の事実ないし状況が不使用についての「正当な理由」の存否の判断に当たって考慮されるべきであると主張するが、本件審判請求において、本件商標の使用の事実の証明が求められるのは、右三年間における使用であるから、右三年間以前にどれだけ長い期間の不使用があっても、そのことは不問にされるのである。

もし、右三年間以前の不使用の事実ないし状況が不使用についての「正当な理由」の存否の判断に当たって考慮されるべきであるとするならば、原告が、クリーム乳液類について、本件審判請求の登録前の昭和五一年九月三〇日に前記許可申請をし、同年一二月二日付で許可を得たのち、市販を開始し、今日まで既に一〇年になろうとしている事実も十分に考慮されるべきである。

第三被告の答弁

一  請求の原因一及び二の各事実は認める。

二  請求の原因三の審決を取消すべき事由についての主張は争う。

審決には、原告主張の認定、判断の誤りはなく、これを取消すべき違法は存しない。

1  本件審判請求の利益

被告は、本件審判請求時はもちろん、現在においても、本件審判請求の利益を有するものである。

(一) 被告は、昭和五〇年九月五日、被告出願商標につき、第四類「化粧品」を指定商品として商標登録出願をし、本件商標の連合商標である別件商標をいわゆる引用商標とする拒絶理由の通知を受け、現に審査に係属中であり(この事実関係は原告も認めるところである。)、審決は、この事実関係を理由に本件審判請求の利益を認めたものであって、正当である。

不使用取消審判の請求人が対象となった登録商標と同一又は類似の商標を出願している場合、右請求人が当該不使用取消審判の請求の利益を有することは、確立した審決例の肯定するところである。

更に、被告は、世界的に有名な化粧品製造販売業者であり、本件審判請求の直前、現に被告から原告に対し、本件商標の商標権につきその指定商品中の「化粧品」に係る部分を分割のうえ譲受けたい旨の申込みをしたのであるから、本件審判請求時において被告が被告出願商標を使用(使用許諾を含む。)して化粧品の製造、販売を行う事業計画を有していたことは明らかである。

よって、被告は、本件審判請求について利益を有するものである。

(二) そして、被告は、現在、被告出願商標に関するすべての権利、権限、利益を訴外ブレバル インコーポレーテッドに譲渡しているが、右訴外会社は、被告出願商標を使用しようとする積極的意思を有していて、現に特許庁長官に対する商標登録出願人名義変更届を了しており、被告としては、右訴外会社が被告出願商標を使用できなくなれば、右譲渡の目的を達成できず、瑕疵なき権利を譲渡するという義務を果たせなくなるから、右訴外会社が被告出願商標を使用しうることについて極めて重大な利害関係を有している。

このように、被告は、現在においても本件審判請求の利益を有しているものである。

2  本件商品の「化粧品」非該当性

原告が本件審判請求の登録前から本件商標を本件商品に使用してきたことは認めるが、本件商品は「化粧品」に該当しない。

(一) 本件商品について、原告は、「クリーム状洗滌料」との呼称を用いるが、《証拠省略》から明らかなとおり、商品としては「石鹸」、「洗顔石鹸」、「フェイシャル・ソープ」と表示されているのみであることに注意すべきである。

本件の争点は、本件商品が商標区分第四類中の「化粧品」に該当するか否かという、すぐれて法技術的な問題である。そして、右商品区分は、それぞれ異なる内包を持つ排他的な概念であって、ある商品が「ある区分」に属すると同時に「他の区分」にも属するというようなあいまいなものであってはならない。現に、旧商標法の下での商品類別においては、旧第三類中に「他類ニ属セサル化粧品」と明確に規定されているとおり商品類別の排他性が特に「化粧品」について明らかにされている。原告は、「化粧品」をもって「石鹸」を包含する上位概念であるかの如く述べるが、両者は全く並列の概念である。

一方、原告は、本件商品が「石鹸」に該当すること自体は何ら争っていない(《証拠省略》に「石鹸」との説明のあることから争いえないことでもある。)。

それ故、本件商品は第四類中の「化粧品」に該当しない。

(二) 原告は、「石鹸」であるか「化粧品」であるかは、その実質により判断すべきであり、その際に考慮すべきは社会常識、社会通念であると主張し、「商品大辞典」や薬事行政上の扱いなどを採り上げる。

しかし、これは誤りである。もともと、文献における商品分類や薬事行政においては石鹸は化粧品の一部であるように取扱われている一面がある(例えば、原告主張の薬事法の「施行について」と題する厚生省薬務局長通知によれば、薬事行政の上では石鹸類は化粧品類の一小分類に属している。)が、商標法上の商品区分においては、こうした上位概念(化粧品)、下位概念(石鹸)の関係としては把握せずに、化粧品と石鹸とは全く別の商品として、法技術的に並列的なものとして排他的に峻別したのである。このように峻別した分類の下では、石鹸が化粧品でもあるというような原告の主張は容れる余地がない。

そして、このように化粧品と峻別された石鹸の中には、石鹸成分一〇〇%から成るもののみならず、香水入りの香水石鹸も当然含まれ、また、化粧品の主要成分としても用いられる保湿剤も石鹸の中に含有されている。それ故、本件商品が主成分(石鹸その他活性剤)以外の成分を含有するとしても、そのことによって、本件商品が石鹸であることに何ら消長を来さない。

3  クリーム乳液類についての本件商標の不使用及びその不使用についての「正当な理由」の不存在

原告は、クリーム乳液類(ミルクローション等)について本件審判請求の登録前に本件商標を使用したことはなく、また、その不使用について「正当な理由」も存しない。

(一) クリーム乳液類についての本件商標の不使用

商標法第五〇条第二項本文にいう「使用」の証明は、不使用取消審判の被請求人がしなければならないが、この「使用」とは、とりもなおさず同法第二条第三項にいう「使用」に外ならない。

原告は、本件審判請求の登録前にクリーム乳液類について化粧品製造品目追加許可申請をしたものであり、権利行使の意思を既に客観的に表明していたから、「不使用」には該当しない旨主張するが、全く根拠のない独自の見解という外はない。

(二) 不使用についての「正当な理由」の不存在

登録商標の不使用の状況が長期間経過した後にようやく行政上の許可申請がされたような場合、それ以前の不使用の事実ないし状況が不使用についての「正当な理由」の存否の判断に当たって考慮されるべきである(東京高裁昭和五五年(行ケ)第三二九号事件昭和五六年一一月二五日判決)。

なお、原告会社内部の研究開発等の事情(《証拠省略》によれば、クリーム乳液類についての前記許可申請が遅れたのは、原告会社の前社長の死亡(昭和五〇年一月二九日)から追悼会(昭和五一年三月一五日)までは、すべて現状維持で行くという原告会社の現社長の指示に従ったため、とのことである。)は、本件商標の不使用についての「正当な理由」となるものではない。特に、右許可申請(昭和五一年九月三〇日)をしてから許可(同年一二月二日)があるまでわずか二か月しか要していない事実に鑑みれば、原告が本件商標の登録後一〇年以上もこうした許可申請を行わず、本件商標を「化粧品」に使用しなかったことは、不使用がもっぱら原告の自己都合によるものであったことを示すものといわなければならない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び同二(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、請求の原因三の審決を取消すべき事由の存否について判断する。

1  まず、原告は、被告は本件審判請求の利益を有しないのに、審決は、これを有すると誤認したと主張する。

(一)  現行商標法は、不使用取消審判を請求しうる者について、第五一条及び第五三条に規定する審判請求の場合と異なり、明確な定めをしていないものの、「利益なければ訴権なし」という民事訴訟法上の原則に準じ、不使用取消審判の請求人は、その請求をする法律上の利益を有することを要すると解すべきであるが、不使用取消審判の制度は、商標登録の制度の目的が、商標を商標権の対象として保護することにより、当該商標の商標権者の利益を保護するとともに、当該商標の使用による商品の流通秩序の確立を図り、需要者の利益をも保護することにある(第一条参照)ことに鑑み、商標登録を受けた商標が、現実に使用されず、したがって、商品の流通秩序の確立に寄与するところがなく、かえって、当該登録商標と同一又は類似の商標の他人による使用を排斥して商品選択の分野を狭め、その営業活動を阻害しているという、右商標登録の制度の目的に背馳する状態を除去すべく、請求により当該登録商標の商標登録を取消し、商標権を消滅させる制度であって、需要者一般の利益を保護するための制度という一面のあることも否定できないところであるから、不使用取消審判の請求人については、一般的、抽象的な利害関係では足らないとしても、登録商標の商標登録が取消されることについて、何らかの個別的、具体的な法律上の利害関係を有すれば、請求の利益を肯認すべきであると解するのが相当である。

しかして、本件において、被告(請求人)が、昭和五〇年九月五日、被告出願商標につき、第四類「化粧品」を指定商品として商標登録出願をし、本件商標の連合商標である別件商標をいわゆる引用商標とする拒絶理由の通知を受け、現に審査に係属中であること、本件審判請求の直前、被告から原告に対し、本件商標の商標権につきその指定商品中の「化粧品」に係る部分を分割のうえ譲受けたい旨の申込みがあったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右譲受けの申込みの際、被告は同時に別件商標の商標権をも譲受け申込みの対象としていたこと(商標法第二四条第二項参照)が、《証拠省略》によれば、被告はアメリカ合衆国以外の市場にも進出する化粧品製造販売業者であることが、それぞれ認められることを併せ考えれば、本件審判請求時において被告が我が国において被告出願商標を自ら使用し又はその使用許諾をして化粧品の製造、販売を行う事業計画を有していたことを優に推認することができ、右推認を妨げる証拠は存しない(右のように推認することができるのであって、右被告出願商標に関する状況を作り出し、あるいは商標権分割譲受けの申込みをすることは、しようと思えば誰にでもできることであるから、それだけでは本件審判請求の利益を根拠づけるものではない旨の原告の主張は採用しえない。)。

したがって、被告が、別件商標及びこれと連合商標となっている本件商標の商標登録が取消される(本件商標については、その指定商品中「化粧品」について)ことについて、前示個別的、具体的な利害関係を有することは明らかである(被告出願商標が別件商標のみならず本件商標にも類似することはいうまでもないから、本件商標は当面の拒絶理由ではいわゆる引用商標とはされていないものの、その存在は被告出願商標の商標登録につき障害となることは明らかである。)から、本件審判請求時、及び、本件全証拠によるもそれ以後格別の事情の変更があったことの認められない審決時において、被告は、本件審判請求の利益を有していたというべきである。

(二)  もっとも、本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告は、審決後、商標登録出願により生じた権利を含む被告出願商標に関するすべての権利を訴外ブレバル インコーポレーテッドに譲渡したことが認められるが、本件全証拠によるも格別の事由の認められない本件においては、被告は、右権利の譲渡人として、右譲渡の目的を達成すべく、右訴外会社が我が国において被告出願商標を使用することができる(あるいはこれについて商標登録が受けられる)よう、本件商標の商標登録が「化粧品」について取消されることについて、なお、前示のような個別的、具体的な法律上の利害関係を有しているということができるから、被告は、現在(本件訴訟の口頭弁論終結時)においても、なお本件審判請求の利益を失っていないものといわなければならない。

(三)  してみれば、被告が本件審判請求の利益を有することを肯認した審決の認定、判断は、結局正当であって、この点に関する原告の主張は採用しえない。

2  次に、原告が本件審判請求の登録前から本件商標を本件商品に使用してきたことは、当事者間に争いがないところ、原告は、本件商品は、本件商標の指定商品中の「化粧品」、すなわち、商品区分の第四類中の「化粧品」に該当するものであるのに、審決は、これが「化粧品」でないとした点において、認定、判断の誤りがある旨主張する。

(一)  右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、本件商品は、原告が、スキンライフ「クリーム状」として、本件審判請求の登録(昭和五一年一〇月二五日)より一〇年以上前の昭和四〇年一一月一六日付で厚生大臣に対する医薬部外品製造品目追加許可申請をし、昭和四一年二月一〇日付で右許可を得て同年から製造、販売を開始したものであり、以来今日まで継続して、本件商標を使用して販売しているものであることが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、不使用取消審判の請求の対象となっている登録商標を現実に使用している商品が、当該登録商標の指定商品に該当するか否かは、単に、その名称、表示等の形式のみによって判断すべきではなく、当該商品の取引者及び需要者の判断を基準として実質的に判断すべきであり、そして、本件審判請求において、商標法第五〇条第二項本文の規定により、被請求人たる原告が商標登録の一部取消しを免れるために証明することを要求されるのは、本件審判請求の登録の日である昭和五一年一〇月二五日から遡って三年間(の一時点)において本件商標を使用している事実であるから、右三年間の時点における本件商品の取引者及び需要者の判断を基準として実質的に判断すべきこととなる(この点について、本件訴訟の口頭弁論終結の時点における業界の常識に従って判断すべきであるとする原告の主張は採用しえない。)。

(二)  そこで、右基準に従い、本件商品が実質的に「化粧品」に該当するか否かを検討する。

《証拠省略》、それぞれ、本件商品の宣伝用リーフレット、外箱、チューブ(容器)の写真及び外箱であることに争いのない《証拠省略》によれば、次の(1)ないし(4)の事実が認められる。

(1) 本件商品は、従来の固型の石鹸(最終商品としての石鹸)とは異なり、ポリチューブに入ったクリーム状の洗顔料であって、その製造、販売開始の昭和四一年当時、同種の商品はほとんどなく、先駆的なものであったこと、本件商品は、主成分として、従来の固型の石鹸と同様、石鹸(脂肪酸のアルカリ金属塩。原料としての石鹸)等を含有するが、その外に油成分、保湿剤、香料・薬剤等を含有するものであって、原料としての石鹸の優れた洗浄力により汚れを落とし皮膚を清潔にする機能を有する一方、過度の脱脂を防ぐための相当量(八・〇%)の油成分及び保湿剤により皮膚保護機能を有していること、特に、油成分は、従来の固型の石鹸に入れるのは困難で、固型の石鹸では含有してもせいぜい一%程度であったこと、

(2) 本件商品と同じ成分を含有する(ただし、各成分ごとの含有量には差がある。)と認められ、同様に原料としての石鹸の優れた洗浄力と皮膚保護機能を有するクリーム状洗顔料は、流通市場において、化粧品、特に(仕上げ化粧品に対する)基礎化粧品のうちの洗浄用化粧品として扱われており、我が国において販売されている化粧品のほとんどすべてを網羅してこれを分類したと標榜する株式会社週刊粧業発行「1982 Cosmetics in Japan日本の化粧品総覧〔別冊〕化粧品の商品分類編」には、本件商品が「スキンライフ(チューブ入り)」として、「フェイシャル(一般)」の中の「洗顔(朝用)―クリーム(フォーム状を含む)―」の項に分類されていること、

(3) 本件商品と同種の同業他社のクリーム状洗顔料は、商品の名称として、洗顔料、洗顔クリーム、洗顔フォーム、クレンジングフォーム、ウオッシングフォーム、ウオッシングクリーム、クリーミイソープ、マイルドアシッドソープ、フェイシャルソープ、フェイシャルクレンザーなどと種々に表示して販売されており、「……ソープ」という表示はあっても、「石鹸」、「洗顔石鹸」と表示されたものはなく、中には、商品の容器等に付された説明文中に、当該商品が基礎化粧品あるいは薬用化粧品である旨明記されているものもあること、そして、同業他社は これらの商品を、栄養クリーム、化粧水、乳液などとともに美しい素肌を保つ化粧品のシリーズものの一つとして広告、宣伝していること、

(4) 本件商品は、薬事法第二条第三項本文に規定する「化粧品」の定義に当てはまるものであるが、その外に薬剤(殺菌剤)を含有することにより、ニキビの防止、皮膚の殺菌、消毒に使用されることもあわせて目的とされているため、同法上「医薬部外品」としての扱いを受けるものであること(同条第二項、昭和三六年二月一日厚生省告示第一四号「薬事法第二条第二項の規定に基づき医薬部外品を指定する件」参照。なお、前示本件商品と同種の同業他社のクリーム状洗顔料の中にも、「医薬部外品」の表示のあるものがあるが、同様の理由による。)。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右に認定した、本件商品の先駆的性格、成分、効用、本件商品及びこれと同種の同業他社の商品についての流通市場における認識、同業他社の認識、薬事法上の扱いに照らし、本件審判請求の登録の日である昭和五一年一〇月二五日から遡って三年間の時点における本件商品の取引者及び需要者の判断を基準として実質的に判断すると、本件商品は、「石鹸」であるが同時に「化粧品」でもある商品、ないしは石鹸(原料としての石鹸)成分を含有する「化粧品」というべきものであり、したがって、第四類中の「化粧品」に該当するものであるといわなければならない(ただし、前掲各書証中の文献、刊行物は、いずれも、右三年間の時点後の昭和五二年ないし昭和五九年に発行されたものであるが、本件全証拠によるも、右三年間の時点と右昭和五二年ないし昭和五九年の時点の間で、取引者及び需要者の認識、扱いに格別の変化があったものとは認められない。)。

もっとも、《証拠省略》によれば、本件商品の宣伝用リーフレット、あるいは外箱、チューブ(容器)には、「洗顔石鹸」、「クリーム状石鹸」、「FACIAL SOAP」などと表示されていることが認められるが、単に、その名称、表示等の形式のみによって判断すべきではないこと前示のとおりであるから、本件商品について右のような表示がなされていることは、社会通念による実質的判断に基づき本件商品は「化粧品」に該当するとした前記認定、判断を何ら左右するものではない(したがって、右表示の点を取り立てていう被告の主張は採ることができない。)。

(三)  被告は、本件商品が原告も認めるように「石鹸」である以上、「化粧品」には該当しない旨主張し、その理由として、商品区分は、それぞれ異なる内包を持つ排他的な概念であって、ある商品が「ある区分」に属すると同時に「他の区分」にも属するというようなあいまいなものであってはならず、現に、旧商標法の下での商品類別においては、旧第三類中に「他類ニ属セサル化粧品」と明確に規定されるとおり商品類別の排他性が特に「化粧品」について明らかにされているのであって、商標法上の商品区分においては、上位概念(化粧品)、下位概念(石鹸)の関係としては把握せずに、化粧品と石鹸とは全く別の商品として、法技術的に並列的なものとして排他的に峻別したのであるから、このように峻別した分類の下では、石鹸が化粧品でもあるというような考え方は容れる余地がない旨主張する。

しかしながら、もともと、現行商標法における商品区分ないし旧商標法における商品類別は、市場で流通する膨大な種類の商品を、商標登録出願に際しての出願人の便宜及び審査の便宜を図るという行政的見地から分類したものであり、もとより、いずれの分類に属するか判断の極めて困難な商品も存する(商標法施行規則第三条の別表のいわゆる小分類に掲げる商品は例示であり、当然、右小分類のいずれにも属しない商品もありうるし、例えば同別表第一類化学品中の「硫酸アンモニウム」と第二類肥料中の「硫安」のように、実質的に同じ商品でありながら、用途の違いにより二つの商品区分に挙げられているものもある。)のみならず、時代の推移とともに右分類のなされた当時には存在しなかった種類の商品が出現することは見易い道理であり、右分類自体、現実の流通市場の実態に合わせるべく改定されてきたところであること等に鑑みれば、右分類のいずれか一つに属するとは決し難い商品が出現した場合、不使用取消審判の場で、商品は常にいずれか一つの分類に属すべきものであって、二つの分類に属することはありえないとするのは相当でなく、登録商標の使用されている当該商品の実質に則して、それが真に二つの分類に属する二面性を有する商品であれば、当該二つの分類に属する商品について登録商標が使用されているものと扱って差支えないというべきであり、このように解しても、前記のような商品区分ないし商品類別の趣旨に反することにはならない。

そして、本件商品は、前示のとおり、その実質に則して判断すると、「石鹸」であるが同時に「化粧品」でもある商品、ないしは石鹸(原料としての石鹸)成分を含有する「化粧品」というべきものであり、右のような二面性を有する商品であるといえるから、被告の前記主張は採用の限りでない(旧第三類において「他類ニ属セサル化粧品」と規定されていることも、右判断を左右するものではない。)。

(四)  以上によれば、本件商品は本件商標の指定商品中の「化粧品」、すなわち、第四類中の「化粧品」に該当するものであり、したがって、原告は、本件審判請求の登録前三年以内に我が国において、指定商品中の「化粧品」について本件商標を使用していたというべきである。

してみれば、審決は、本件商品は「化粧品」に該当しないとした点において認定、判断の誤りがあり、その結果、本件商標の不使用(による商標登録一部取消し)の結論を導いたものであって、右誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決を取消すべき事由3(クリーム乳液類についての本件商標の使用又はその不使用についての「正当な理由」)の主張について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を、この判決に対する上告のための附加期間の定めにつき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋吉稔弘 裁判官 竹田稔 裁判官水野武は、職務代行を解かれたので署名押印することができない。裁判長裁判官 秋吉稔弘)

〈以下省略〉

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